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東京地方裁判所 平成6年(ワ)17614号 判決 1996年3月13日

原告

株式会社フードサービスシンワ

右代表者代表取締役

有坂康躬

右訴訟代理人弁護士

森泉邦夫

被告

株式会社日本交通公社

右代表者代表取締役

松橋功

右訴訟代理人弁護士

三浦雅生

主文

一  被告は原告に対し、金四〇〇〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成六年四月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  前提となる事実

1  被告は旅行業並びに旅客鉄道会社及びその他の運輸機関の乗車船券類の発売に関する事業等を目的とする株式会社である。

信州リゾート株式会社(以下「信州リゾート」という)は、ホテル経営を目的とする株式会社であり、平成二年一一月当時、長野県の志賀高原一の瀬において「ホテルチロル」を経営していた。

被告は、平成二年一一月二七日、信州リゾートとの間で、宿泊券の発行及びこれに関連する業務について定めた宿泊券契約を締結した。

2  長野地方裁判所佐久支部は、平成四年一二月二五日、債権者を原告、債務者を信州リゾート、第三債務者を被告として、別紙仮差押債権目録記載の債権について仮差押決定をし(同庁平成四年(ヨ)第五一号)(以下「本件仮差押え」という)、その決定正本は平成五年一月五日被告に、同月九日信州リゾートにそれぞれ送達された(甲第九号証の一、二、第一五号証)。

3  長野地方裁判所は、平成六年四月六日、長野地方裁判所佐久支部平成五年(ワ)第五号人件費等支払請求事件の執行力ある仮執行宣言付判決正本を債務名義とし、債権者を原告、債務者を信州リゾート、第三債務者を被告として、別紙差押債権目録記載の債権について債権差押及び転付命令の決定をし(長野地方裁判所平成六年(ル)第五七号、同年(ヲ)第二五号)(以下「本件決定」という)、その決定正本は平成六年四月一一日被告に、同月一八日信州リゾートにそれぞれ送達され、その後本件決定は確定した(甲第四ないし第六号証)。

4  被告は、福山市立高校他五校(以下「手配依頼高校」という)との間でスキー修学旅行に関する旅行契約を締結し、平成五年一月ないし三月の間に手配依頼高校から左記のとおりの宿泊料金を含む手配費用の一部を収受した。

(一) 福山市立高校

平成五年一月一三日 九二二人分

一〇五四万一二二六円

(二) 呉港高校

平成五年二月 四日 三九二人分

八五五万九七一二円

(三) 兵庫県立農業高校

平成五年二月二四日 二九五人分

六九一万二一二四円

(四) 鈴蘭台高校

平成五年一月二一日 四〇七人分

九五五万七九八八円

(五) 白根高校

平成五年二月 一日 二〇七人分

四八六万一一八八円

(六) 白山高校

平成五年三月三一日 一八〇人分

五五二万六〇〇〇円

5  被告は、左記のとおり手配依頼高校に宿泊券を発行交付し、修学旅行生はホテルチロルに平成五年一月から二月にかけて宿泊した(なお、宿泊券には旅館券とギフト宿泊券の二種類があるが、本件はいずれも旅館券である)(乙第五号証)。

(一) 福山市立高校

宿泊券発行日 平成五年一月一六日

宿泊日 同年一月二〇日から同月二二日まで

(二) 呉港高校

宿泊券発行日 平成五年一月二二日

宿泊日 同年一月二四日から同月二六日まで

(三) 兵庫県立農業高校

宿泊券発行日 平成五年一月二九日

宿泊日 同年一月二七日から同月二九日まで

(四) 鈴蘭台高校

宿泊券発行日 平成五年一月二五日

宿泊日 同年一月三一日から同年二月二日まで

(五) 白根高校

宿泊券発行日 平成五年二月二日

宿泊日 同年二月三日から同月五日まで

(六) 白山高校

宿泊券発行日 平成五年一月二八日

宿泊日 同年二月七日から同月一〇日まで

6  ホテルチロルに関する被告の預り金は、被告が手配依頼高校から収受した手配費用のうち、宿泊に関する料金から被告の手数料、消費税及び公旅連定率会費を差し引いた左記のとおりである。

(一) 福山市立高校

九四六万六六三六円

(二) 呉港高校

七六八万七一二一円

(三) 兵庫県立農業高校

六二〇万七四九一円

(四) 鈴蘭台高校

八五八万三六三〇円

(五) 白根高校

四三五万〇七六五円

(六) 白山高校

四九四万五七七〇円

合計 四一二四万一四一三円

(以上の事実は、当事者間に争いのない事実及び各掲記の証拠によりこれを認めることができる。)

二  原告の主張

1  仮差押債権の特定について

(一) 債権者は仮差押債権目録において債務者の第三債務者に対する他の債権と識別できるよう特定しなければならないが、仮差押債権者において被差押債権がいかなる種類の債権か、いつ発生し、その金額がいくらであるか等について正確に把握することは必ずしも容易ではないので、日時、目的、弁済期等の表示が現実のそれと多少異なっていたとしても、他の債権と識別可能で、かつ、現実の債権との同一性が社会通念上認識できる程度に特定されていれば足りるのである。

(二) 原告は、仮差押債権目録において、旅行者と被告との旅行契約に基づく債務者における宿泊に関する債権に限定し、信州リゾートと被告との間には他に債権債務関係は存在しないのであるから、仮に右債権が預り金であったとしても、同目録の表示においてその同一性が社会通念上認識できる程度に特定されているので、本件仮差押命令の対象とする債権の特定において十分である。売掛金か預り金かは言葉の問題にすぎない。

(三) 本件差押債権の表示には、「信州リゾートにおける宿泊に関し信州リゾートが被告に対して有する売掛金」とあることから、その基本的法律関係が売買契約や消費貸借契約等ではなく、宿泊に関する契約、すなわち宿泊券契約であることは、信州リゾート及び被告にも十分認識し得、したがって、何が仮差押えされたのかを識別することができるものである。そして、原告は、その宿泊が平成五年一月一五日から同年三月三一日までと限定したうえ、その間の旅行者の宿泊につき信州リゾートの被告に対する売掛金を仮差押えするもので、旅行者を限定する趣旨はない。すなわち、仮差押債権の表示が前記のとおり債権の特定において十分である以上、宿泊券契約に該当する旅行者に関する売掛金はすべて仮差押えの対象となるものであり、それを更に修学旅行生に限定して特定しなければならないものではない。

2  将来発生する債権の仮差押えについて

本件仮差押決定正本が被告に送達された時点において、被告が仮に宿泊代金を収受していなかったとしても、すなわち、この時点で債権は存在していなかったとしても、継続的給付にかかる将来発生する債権に対して仮差押えができることについては明文がある(民事執行法一五一条、民事保全法五〇条五項)。更に、継続的給付にかかる債権でない将来発生する債権についても、既にその発生の基本たる法律関係が存在し、近い将来における発生が確実に見込めるため財産的価値を有する場合に限って仮差押えが可能である。

信州リゾートと被告との関係が前者であれば当然のこと、また、後者であっても両者間には既に宿泊券契約が締結され、これによれば被告が旅行者から収受した宿泊代金を信州リゾートに支払う基本たる法律関係が存在し、平成五年一月一七日から同年二月一五日まで修学旅行生が信州リゾートで宿泊することが予定され、そのための宿泊代金の支払が確実に見込まれるため財産的価値を有するものであるから、本件仮差押えは有効である。

3  旅館券の有価証券性について

(一) 被告は、旅館券は有価証券であって保全執行は目的物を執行官が占有する方法によるべきと主張する。しかし、原告は信州リゾートの被告に対する宿泊代金に関する債権(被告の主張する預り金)を仮差押えしたのであって、証券自体の仮差押えとは次元が異なる。

(二) ただ、被告主張のような前提をとったとしても、有価証券は財産的価値を有する権利を表章する証券であって、権利の発生、移転、行使の全部又は一部が証券によってなされるものと定義されるところ、権利の発生は宿泊代金の収受によるもので証券は不要であり、権利の移転は宿泊券契約書一九条によって禁止され、権利の行使については信州リゾートが宿泊券を紛失した場合、同契約書二〇条は紛失届を被告に提出し、調査のうえ支払う旨の規定をしているのであるから、必ずしも証券の必要はない。したがって、旅館券は有価証券ではなく、単なる証拠証券にすぎない。右契約書三条二項も、旅行券は宿泊料金等を旅客から収受したときにその証拠として当該旅客に対し発行すると規定し、旅館券は証拠証券であることをうたっている。

(三) 仮に、被告の主張のとおり旅館券が有価証券であったとしても、民事執行法一二二条は、「裏書の禁止されている有価証券以外の有価証券」の場合、動産執行の方法によるとするものである。しかし、前記宿泊券契約書一九条は、信州リゾートは宿泊券を第三者に対する支払の手段として使用することができないと譲渡裏書の禁止をしているので、旅館券は「裏書の禁止されている有価証券」となり、動産執行の対象となるものではない。

(四) 仮に被告の主張のように、動産執行と同様の方法、すなわち、当該旅館券を奪う方法によるとするならば、仮差押決定書が被告に送達された時点(平成五年一月五日)で、旅館券が作成されていないときは、そもそも旅館券の占有を奪うことができず、仮に作成されていたとしても、この段階で被告からまだ手配依頼高校に発行されていないため(手配依頼高校への最初の発行は平成五年一月一六日)、その所有権は被告にあるのであるから、これを奪うわけにもいかず、その結果、原告に不可能を強いることになり不当である。

4  宿泊券契約の解除について

(一) 信州リゾートの平成四年一一月一五日付契約解除届(乙第二号証)は、原告の仮差押えを免れるため、被告と信州リゾートが共謀して作成した虚偽の文書で、解除の効力は生じていない。

被告は、本件仮差押決定書の通知を受領後、信州リゾートの当時の代表取締役的場泰美と共謀して、あたかも右時点では信州リゾートと被告との間の宿泊券契約は既に解除されており、同社が被告に対して債権がないように右仮差押決定を回避する偽装工作をし、信州リゾートに対し預り金を支払った。

被告と信州リゾートの偽装工作は、まず、ホテルチロルの経営主体は依然信州リゾートであるにもかかわらず、株式会社稚楼留(以下「稚楼留」という)に変更になったとして、宿泊券契約を稚楼留と結ぶという虚偽の契約書を作成し、しかも、右虚偽の契約書の作成日が平成五年一月中旬にもかかわらず、平成四年一一月一五日に遡らせ、更に、前記のとおり信州リゾートとの宿泊券契約について平成四年一一月一五日付で契約解除届を作成したものである。

(二) 前記宿泊券契約書の九条は、現に宿泊している旅客に関する規定であり、その前段階の事柄の問題ではない。しかるに、被告は無理矢理信州リゾートを九条違反に当てはめるもので、契約の条項の適用範囲を不当に越えるものである。したがって、九条違反による宿泊券契約の解除はその効力を生じておらず、改めて信州リゾートとの間で同一内容の宿泊券契約を締結したとする前提が欠如するものである。加えてそもそも再契約などないのである。

5  本件決定により、信州リゾートの被告に対する売掛金又は預り金債権は原告に移転した。ところが、被告は信州リゾートに前記一の6の売掛金又は預り金を平成五年一月から二月にかけて支払った。被告は、本件仮差押えにより信州リゾートに仮差押えにかかる債権の支払をしてはならないにもかかわらず右のとおり支払をしたものであり、右支払を原告に対抗できない。

6  よって、原告は被告に対し、転付命令によって移転した四一二四万一四一三円の内金四〇〇〇万円及びこれに対する右転付命令が被告に送達された日の翌日である平成六年四月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  旅館等の被告に対する旅館券券面額相当金員の支払請求権の成立時期等

(一) 被告が信州リゾート等の旅館・ホテルとの間で締結している宿泊券契約において、被告は旅館・ホテルの代理人として、旅行者との間に宿泊契約を締結し、宿泊代金相当の金員を受領した際に宿泊券を発行交付するものであって、旅行者から受領する右宿泊代金相当の金員は、旅館・ホテルとの関係では「預り金」であって、「売掛金」には当たらない。その意味で、本件仮差押決定は仮差押えの対象とする債権の特定において誤っており、無効である。

(二) 一般に被告と宿泊券契約を締結している旅館等が、被告に対して、同契約に基づく旅館券券面額の金員の支払請求権を取得するのは、被告が旅客に対して発行交付した旅館券を旅客から交付された時である。ホテルチロルの場合には、原告の主張する平成五年一月一五日から同年三月三一日までの宿泊客に関して旅館券の交付を受けたのは、本件仮差押決定正本が被告に送達された平成五年一月五日より後のことである(更に言えば、被告がホテルチロルの宿泊に関して旅客から宿泊代金相当の金員を収受したのも、平成五年一月五日より後のことである)。

したがって、本件仮差押決定はいわゆる空振りに終わったもので無効である。

(三) 「継続的給付にかかる将来発生する債権」等、いわゆる将来債権の一部について仮差押えが許されるのは、仮差押発令時点において被差押債権の特定が可能であり、弁済禁止効の及ぶ範囲を明確にできる債権であるからにほかならない。

しかるに、本件仮差押えでは、仮差押債権の表示は別紙仮差押債権目録記載のとおりであり、原告が主張する「基本的法律関係」とは、「旅行者と第三債務者(被告)との旅行契約」と解さざるを得ないが、売掛金の生じる「旅行者」の範囲も特定しておらず、肝心の被告と信州リゾート間の基本的な法律関係も特定していない。右表示では、被告と信州リゾート間の宿泊券契約に基づく債権に限らず、一般に旅行者と被告間で締結される旅行契約に基づく宿泊に関して、信州リゾートが被告に対して売掛金債権を有する場合には、それらは包括的にその範囲に含まれてしまうことになる。結局、右の表示からは、弁済禁止効の及ぶ範囲は、「旅行者の第三債務者(被告)との旅行契約」と「平成五年一月一五日から同年三月三一日までの間の債務者(信州リゾート)における宿泊」によってのみ特定の契機を有することとなるが、いずれも「旅行者」の特定がない以上は特定されていないに等しいものである。

実際にも、被告は全国直営店舗三二九店、代理店店舗七三三店の合計一〇六二店舗について、旅行者の宿泊あっせん等の旅行業務を取り扱っており、宿泊券による取扱顧客だけで年間約二五八〇万人にものぼるものであって、本件仮差押債権の表示程度では特定のしようがない。

2  旅館券の有価証券性

(一) 民事保全法四九条、一二条三項、民事執行法一二二条によれば、「裏書の禁止されている有価証券以外の有価証券」については、動産執行による方法によって保全執行がされるものと規定し、その方法は目的物を執行官が占有する方法により行うとされる。

これは、有価証券が債権を表章する証券であって、証券の占有の移転によって債権が転々流通することから、第三債務者としては当該証券の所持者を権利者として認めて金銭の支払に応じなければならず、債権者から当該証券の占有を奪うことなく差押を認めて債務弁済禁止の効力を認めることは、第三債務者に対して難きを強いることになるからである。

(二) ところで、旅館券は、旅行者の宿泊料金等の支払の便宜になるとともに、被告の全国直営三二九店舗、代理店七三三店舗が扱う、被告の提携旅館・ホテル等六三七〇施設に対する宿泊数(年間取扱人数約二五八〇万人)のあっせんに関する、膨大な宿泊代金相当金員の預り金の集計決済処理のためにも便宜になるように作られた制度である。この二重の決済の円滑な処理のために、旅館券は一種の金券の扱いとなり、被告提携の旅館・ホテル等は当該旅館・ホテル等の表示された旅館券を所持する旅行者に対しては、それが真実被告を通じて宿泊契約を締結した旅行者であるか否かを確認することなく、予定された宿泊サービスを提供する。また、被告が旅館券決済のために提携する金融機関(本件仮差押え当時三八銀行)は、旅館券を提出して旅館券券面額の支払を請求する者に対しては、それが正当な権利者であるか否かを確認することなく機械的にその支払に応じるものとされている。更に、各提携の金融機関は六三七〇施設、年間取扱宿泊客数約二五八〇万人にも及ぶ被告提携の旅館・ホテルの一部について既に発券された旅館券の支払を停止するなどということは、その確認作業のために膨大な事務量を要することになることから、そうした事務負担を嫌い、制度上そうした措置をとることはできない仕組みとなっている。

このように、被告の提携する旅館・ホテル等に対する宿泊料金等の被告に対する預り金債権は旅館券に化体されているものであり、被告の発行する旅館券は民事保全法及び民事執行法上は動産と同様の扱いを要求される「有価証券」というべきであり、その意味で、単に観念上差押えを行ったにすぎない本件仮差押え及び本差押えはいずれも無効というべきである。

(三) 一般に、第三債務者は、仮差押え及び本差押えによって、その法律上の地位を脅かされる理由はなく、仮差押え等の効力である弁済禁止の効力もまた単に第三債務者に不作為を求めるのみであって、何らの不利益をも与えるものではない。だからこそ、例外的に、弁済禁止の効力を単純に認めたときには、第三債務者に、弁済禁止の効力の及ぶ債権者の確定という困難な作業を強いることになる「裏書の禁止されている有価証券以外の有価証券」については、当該有価証券の占有を奪う(債権者の変更の法律的手段を奪う)ことによって、初めて差押えの効力を認めたものである(民事保全法四九条、一二条三項、民事執行法一二二条)。

旅館券も、有価証券のように権利者が転々とするという事態は少ないものの、旅館券の支払窓口は三八銀行の本支店に及び、各銀行店舗は年間取扱宿泊数二五八〇万人について発券された旅館券の支払事務を扱っており、第三債務者である被告としては、仮差押命令を受けたからといって、ある特定の旅館券の支払を停止するということはできず、当該旅館券の占有を奪ってもらわない限り、その支払を止める手段を持っていないものである。こうした制度上支払停止の困難を有する被告の地位は、仮差押え又は本差押えによって脅かされる理由はないことから、「有価証券」に関する差押規定である前記各規定を類推適用して保護されるべきである。

3  仮差押えにかかる宿泊券契約関係の解除と再契約

(一) ホテルチロルの経営主体は、平成四年一一月一五日、信州リゾートから稚楼留に変更され、これを理由に、被告と信州リゾートとの間の宿泊券契約は同日をもって解除された。

(二) 被告は、手配依頼高校との間に旅行契約(手配旅行契約)を締結し、スキー修学旅行の実施に必要な交通機関、観光機関、宿泊機関等の諸手配を引き受けたものである。そして、被告は右手配旅行契約に基づき、宿泊機関については、信州リゾートに対してホテルチロルの宿泊を手配し、信州リゾートはこれを引き受け、宿泊代金の決済についてはホテルチロルが宿泊券契約を結んでいるホテルであることから、宿泊券契約に従い旅館券に基づく決済をすることとしたものである。こうして、本件仮差押決定正本が被告に送達された時点(平成五年一月五日)において、被告は、ホテルチロルを管轄する被告長野仕入れセンターが把握できただけで、ホテルチロルに対して、平成五年一月から二月にかけて修学旅行団体二〇八七名分の宿泊を予定していた。

したがって、仮に本件仮差押えが被告に対する将来の宿泊料金相当預り金債権の仮差押えとして有効なものであるとしても、その原因となる宿泊契約は未成立であり、双方未履行の状態(宿泊料金の支払も宿泊サービスの提供もされていない状態)のものであり、本件仮差押えの対象は、宿泊サービス給付債務の先履行を求める抗弁権付の将来の宿泊料金相当預り金債権にすぎない。

当然のことながら、このような関係では、信州リゾートとしては、旅館券による宿泊代金の支払の保証がない限り、被告の送客予定の修学旅行団体の宿泊を受け入れる訳にはいかないという立場であり、他方、被告としても、手配依頼高校に対して、手配旅行契約に基づき、信州リゾートとの間で宿泊契約を成立させる義務を負担しているものの、本件仮差押えがある以上は、本件仮差押えの対象となっている従来の宿泊券契約に基づき、すんなり信州リゾートと手配依頼高校との間で宿泊契約を成立させて宿泊代金を信州リゾートに支払い、後に原告に対しても二重支払の危険を負担する訳にはいかない立場にある。

そこで、平成五年一月一三日、信州リゾート代表取締役的場から、ホテルチロルの経営権は既に稚楼留に移行している旨の話があって、被告は、改めて稚楼留との間にホテルチロルに関しての宿泊券契約を締結した。

こうした措置が、原告が指摘するように、本件仮差押えの効力を免れるための偽装工作と評価され、そのとおりの効力を生じないとしても、被告と信州リゾートの置かれた状況からすれば、これら一連の経緯は、現時点において法的に評価すれば、信州リゾートと被告との間の宿泊券契約解除の効力を有し、新たにホテルチロルの経営主体である稚楼留との間に宿泊券契約を締結したと解される。

仮に、被告のとった措置が、本件仮差押えとの関係で、平成四年一一月一五日の時点において信州リゾートと被告との間の宿泊券契約が解除されたという効力を対抗できないとしても、ホテルチロルに関して被告が宿泊券契約を締結していた信州リゾートは、被告が送客予定の修学旅行団体について仮差押えを理由に旅館券による宿泊料金等の支払をしないのであれば、右信州リゾートの見解は、本件仮差押えが有効であるとすれば、明らかに宿泊券契約書九条に違反する内容である。したがって、被告としては、宿泊券契約に違反することを明言している信州リゾートに対して、その時点(平成五年一月初旬)において、債務不履行を理由に宿泊券契約を解除し、新たにホテルチロルの経営主体である稚楼留との間に宿泊券契約を締結したと解されるものである。

(三) この理は、仮に、実際にはホテルチロルの経営主体が信州リゾートのままであったとしても、同様である。

すなわち、ホテルチロルに関して被告が宿泊券契約を締結していた信州リゾートは、被告が送客予定の修学旅行団体について仮差押えを理由に旅館券による宿泊料金等の支払をしないのであれば、宿泊を受け入れる訳にはいかない旨を明らかにしたものであり、右信州リゾートの見解は、本件仮差押決定が有効であるとすれば、明らかに宿泊券契約九条に違反する内容である。したがって、被告としては、宿泊券契約に違反することを明言している信州リゾートに対して、平成五年一月一三日において、債務不履行を理由に宿泊券契約を解除し、改めて信州リゾートとの間で同一内容の宿泊券契約を締結したと解される。

このように、仮に、ホテルチロルの経営主体に変更がないとしても、本件仮差押時点の被告と信州リゾート間の宿泊券契約は、一旦、平成五年一月一三日の時点で債務不履行解除され、再度信州リゾートとの間で宿泊券契約が締結され、手配依頼高校と信州リゾート間の宿泊契約は、この新たな被告・信州リゾート間の宿泊券契約に基づき成立したものである。

(四) こうして、原告の仮差押えの対象となっていた従来の宿泊券契約は解除され、新たな宿泊券契約に基づき、被告は、平成五年一月一六日以降順次手配依頼高校に対して、ホテルチロルに関する旅館券を発行交付していったもので、これらの旅館券に基づく宿泊代金相当預り金債権については、本件仮差押えの効力は及ばないものである。

四  争点

1  本件仮差押えの仮差押債権の表示は特定されているか。

2  旅館券は、民事執行法一二二条にいう「裏書の禁止されていない有価証券以外の有価証券」に当たるか。そうでないとしても、右規定を類推適用すべきか。

3  信州リゾートと被告との間の宿泊券契約は解除されたか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  乙第一号証、第一〇号証、証人鎌木伸一の証言によると、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、運輸・宿泊機関等の旅行サービス提供機関の手配を円滑に行うために、予め主要な運輸・宿泊機関等との間に手配に関する基本契約を締結しているが、このうち、旅館・ホテル等の宿泊機関についての手配に関する基本契約が宿泊券契約である。

(二) 宿泊券契約によると、被告は旅館等から継続的に旅館等を代理して旅客との間に宿泊契約を締結し、宿泊代金等を収受する権限を授与されており(第二条)、宿泊券のうち旅館券については、被告が旅館等を代理して旅客との間で宿泊契約を締結し、宿泊代金等を旅客から収受したときに、当該旅客に発行するもので(第三条二項)、旅館券を発行するには、予め旅館等に対し空室の有無等を問い合わせ、人員・宿泊期日等旅客との間で締結する宿泊契約の内容を通知するとともに、必要事項を旅館券券面に記載することとし(第七条二項)、旅館等は、被告が宿泊券を発行した旅客に対し、当該旅客が当該宿泊券券面額相当料金を現金払した場合に受けるサービスと同等のサービスを提供し(第九条)、宿泊代金等の支払に限り当該旅館券を券面額相当の現金と同様に扱うものとしている(第一〇条)。そして、旅館等は、被告の発行した宿泊券を旅客からの宿泊代金等として収受したときは、当該宿泊券に基づき被告に対し当該宿泊券券面額相当の金員の支払を請求できるものとし(第一八条一項)、これを請求するときは、当該旅館券裏面に記名押印し、被告所定の請求書に所定事項を記入のうえ、当該旅館券を添付して被告指定の銀行又は当該宿泊日から二か月を超えるものは直接被告に提出して、宿泊代金等から被告の手数料等を控除した額の現金の支払を受けることができるものとしている(同条二ないし七項)。

右認定の事実によると、被告は、旅館等から委任を受け、その代理人として旅客との間で宿泊契約を締結し、宿泊代金相当額を収受するものであり、被告が旅客の依頼を受けて希望する旅館等の宿泊予定日の空室を確認してその部屋を確保し、旅客から宿泊代金相当額の支払を受け、旅客に宿泊券を渡すことによって、旅客と当該旅館等との間で宿泊契約が成立するもので、右収受した宿泊代金相当額は民法六四六条一項の「受任者が委任事務を処理するに当たり受け取った金銭」に該当し、被告はこれを旅館等のために預っているものであるが、旅館等が被告に対して右宿泊代金相当額の支払請求権を取得する時期については、宿泊券が発行され、その支払が宿泊券によって行われるため、当該宿泊券を旅館等が旅客から収受したときとすることにしたものということができる。

そうすると、旅館等が旅客から宿泊券の交付を受けるのは旅客が旅館等に到着した後であるから、本件仮差押決定正本が被告に送達された平成五年一月五日当時、仮差押えの対象とされた平成五年一月一五日から同年三月三一日までの宿泊について、ホテルチロルが未だ旅客から宿泊券の交付を受けていないことは明らかであり(ホテルチロルに手配依頼高校の修学旅行生が最初に宿泊したのは、前記第二の一の5のとおり平成五年一月二〇日以降である)、また、被告も、ホテルチロルの宿泊に関して旅客から宿泊代金相当額を収受していないのであるから(被告が手配依頼高校から宿泊料金を含む手配費用の一部を収受したのは、前記第二の一の4のとおり平成五年一月一三日以降である)、本件仮差押えの時点では、仮差押えをした債権は未だ存在しないことになる。

2  将来発生する債権に対する差押えであっても、同一の継続的関係に基づいて将来発生する債権、すなわち継続的給付に係る債権の場合には、民事執行法一五一条において、差押えの効力が、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、差押えの後に受けるべき給付に及ぶことが明記されている(仮差押えについては民事保全法五〇条五項)。

継続的給付に係る債権でない将来発生する債権についても、既にその発生の基礎となる法律関係が存在している場合には、債務者が発生前の債権を処分することに対して債権者がそれを禁止するための法的手段をとれるようにする必要性は高く、また、発生の基礎となる法律関係が存在するためその債権の特定が十分にでき、現実に債権が発生するまでに長期間を要することは余りないと考えられ、第三債務者に過度な負担を強いることにもならないと考えられるので、そのような債権であっても、既にその発生の基礎となる法律関係が存在し、近い将来における発生が確実に見込めるため財産的価値を有する場合には、差押期間を特定したうえで差し押さえることができると解するのが相当である。

民事執行法一五一条の継続的給付に係る債権にはあたらないが、基礎となる法律関係に基づいて、将来ある程度の期間にわたって継続的に支払われる債権についても同様に解すべきである。

本件の宿泊券契約についてみると、被告と旅館等の間に宿泊券契約という基本契約があっても、被告と旅客との間で個別に宿泊契約が締結されなければ、旅館等の被告に対する宿泊代金相当額の支払請求権は発生しないから、民事執行法一五一条の継続的給付に係る債権ということはできないが、宿泊券契約の締結によって、被告が旅客から宿泊代金相当額を収受したときはこれを旅館等に支払うという基礎となる法律関係が既に存在し、予約によって将来における宿泊も予定されているため、宿泊代金相当額の支払も確実に見込めるときは、その請求権は財産的価値を有するものというべきであり、これについては差押期間を特定したうえで差し押さえることができると解すべきである。

3  ところで、債権執行における差押命令の申立書には、「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」を記載しなければならない(民事執行規則一三三条二項)。

そこで、被差押債権は、債務者及び第三債務者において差押えに係る債権が他の債権と識別することができるよう特定明示されなければならず、その特定については、債務者の第三債務者に対する他の債権と誤認・混同が生じないよう識別されていることが必要となるが、これをもって足りると解するのが相当である。

債権は、通常、その発生原因、日時、目的、弁済期等を明らかにすることによって特定される。しかし、差押債権者において被差押債権がいかなる種類の債権か、いつ発生し、その金額がいくらであるか等について正確に把握することは必ずしも容易ではない。そこで、日時、目的、弁済期等の表示が現実の債権のそれと多少異なっていたとしても、他の債権と識別が可能で、かつ、現実の債権との同一性が社会通念上認識できる程度に特定されていれば足りるというべきである。

以上の観点から本件仮差押えをみると、原告は、仮差押債権目録において、「旅行者の第三債務者(被告)との旅行契約に基づく」として、その基本的法律関係を「旅行者と被告との間の旅行契約」としているようにみえるが、「債務者(信州リゾート)における宿泊に関し、債務者(信州リゾート)が第三債務者(被告)に対して有する売掛金」として、「信州リゾートにおける宿泊に関する信州リゾートと被告との間の取引」を基本的法律関係とし、それによって生じる債権を仮差押えの対象としたものとみることも可能であり、これについて宿泊期間を限定してその及ぶ範囲を特定しているものであって、基本的法律関係の表示において十分でなく、その債権の種類を売掛金とするなど、必ずしも的確な表示とはいえないが、本件において「信州リゾートにおける宿泊に関する信州リゾートと被告との間の取引によって生じる債権」とは、「宿泊券契約に基づき、信州リゾートにおける宿泊について被告が旅客から収受したことにより、信州リゾートが被告に対して有する宿泊代金相当額の支払請求権」のほかには考えられず、また、先にみたとおり、差押債権者において被差押債権を正確に把握することは必ずしも容易ではなく、特にそれが本件のように宿泊券契約という特殊な契約であることも考慮すると、本件仮差押えにおける仮差押債権の表示は、他の債権と識別が可能で、かつ、現実の債権との同一性が社会通念上認識できる程度に特定されているというべきである。

この点に関する被告の主張はいずれも採用できない。

二  争点2について

被告は、旅館券は民事執行法一二二条に定める「裏書の禁止されている有価証券以外の有価証券」であって、その保全執行は目的物を執行官が占有する方法によるべきである旨主張する。しかしながら、乙第一号証によると、前記宿泊券契約では、旅館券は、被告が旅館等を代理して旅客との間で宿泊契約を締結し、宿泊代金等を旅客から収受したときに、その証拠として当該旅客に発行するもので(第三条二項)、旅館等は宿泊券を第三者に対する支払の手段として使用することができないとして、その譲渡を禁止している(第一九条)ことが認められ、旅館券が「裏書が禁止されている有価証券以外の有価証券」に該当しないことは明らかである。

被告は、旅館券について右規定を類推適用すべきである旨主張し、乙第一〇号証、証人鎌木伸一の証言によると、旅館券が被告主張のような機能を果たしていることは認められるが、旅館券は右にみたとおり明らかに証拠証券として発行され、譲渡が禁止されているものであって、このような旅館券について民事執行法の規定を拡張して適用することは許されない。

三  争点3について

甲第一号証の一ないし六、第七号証の一ないし三、第八号証、第一二号証、第一五号証、乙第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第一〇号証、証人的場泰美、同鎌木伸一の各証言(但し、乙第一〇号証、証人鎌木伸一の証言中、後記信用しない部分を除く)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、平成五年一月五日、本件仮差押決定正本の送達を受け、被告法務室では、国内旅行部を通じて、被告と信州リゾートとの間に宿泊券契約が締結されていることを確認したうえ、同月六日、長野地方裁判所佐久支部に対し、仮差押えに係る債権が存在し、仮差押えの種類を宿泊代金債権とし、被告発行の信州リゾート宛の宿泊券を債権者である原告が回収のうえ、被告へ提出すれば弁済可能である旨の陳述書を提出した。

2  信州リゾートは、同月九日、本件仮差押決定正本の送達を受けたが、同社代表取締役的場泰美は、同月一七日から被告手配による修学旅行生の受入れを予定しており、宿泊代金が入金にならないと宿泊させる訳にはいかないとして、被告長野仕入れセンターに相談したところ、本社法務室に行くように指示され、同月一三日、信州リゾートの前代表取締役の福田一とともに、被告法務室を訪れ、信州リゾートと稚楼留との間の平成三年一二月一〇日付建物賃貸借契約書を示し、これを利用して宿泊券契約の書換えをすることを提案した。的場は、平成四年三月一〇日、信州リゾートの経営を引き受け、同社代表取締役に就任したものであるが、その際、信州リゾートに多額の負債があり、信州リゾート所有不動産に抵当権が設定されていたため、これに対抗するため、同年四月頃、右賃貸借契約書を平成三年一二月一〇日に遡って作成していたもので(平成四年四月二〇日付で公証人の確定日付がある)、稚楼留に対する建物賃貸の事実はなく、そこに記載された賃料、敷金等の支払も全くなかった。

3  的場と被告法務室の担当者は、ホテルチロルにおける修学旅行生の宿泊が既に予定されており、他にその受入先を見つけることは不可能な状態であったため、宿泊代金を信州リゾートに支払い、信州リゾートが予定された修学旅行生の宿泊を受け入れるには、被告と信州リゾートとの間の宿泊券契約を遡らせて解除し、ホテルチロルは信州リゾートではなく稚楼留が経営しているものとして、稚楼留との間で遡って宿泊券契約書を作成することが良策と考え、意見が一致した。そこで、信州リゾートと稚楼留との間で賃貸借契約書だけではなく、委託経営契約書をも遡って作成することにし、平成四年一一月一五日付で信州リゾートと稚楼留間の委託経営契約書を作成した。そこに記載された経営受託金二〇〇万円の支払はなく、また、信州リゾートが稚楼留に経営を委託した事実もない。

そして、被告と稚楼留間で右同日付の宿泊券契約書が作成され、的場は被告から受領した書類をもとに同日付で信州リゾート名義の宿泊券契約の解除届も作成し、被告長野仕入れセンターに提出した。

これらの書面はいずれも平成五年一月中旬頃に作成されたものである。

4  被告は、同年一月二一日、長野地方裁判所佐久支部に対し、先に提出した陳述書について、その後、関係部署からホテルチロルとの間の契約書を取り寄せたところ、同ホテルの主体は平成四年一一月一五日付で稚楼留に変更されていることが判明したとして、仮差押えにかかる債権は存しないと訂正する旨の申出をした。

5  信州リゾートは、当初の予定どおり修学旅行生の宿泊を受け入れ、その受領した宿泊券をもって、平成五年一月から二月にかけて被告から宿泊代金相当額の支払を受けた。

6  名鉄観光サービス株式会社は、ホテルチロルの宿泊に関し、信州リゾートとの間で、平成四年一〇月五日付で「旅館券」発行契約を締結しているが、平成五年二月にホテルチロルに修学旅行生を宿泊させるについて、契約の相手方を信州リゾートと理解して宿泊券を発行しており、稚楼留との間でそのような契約を締結したことはない。

乙第一〇号証、証人鎌木伸一の証言は、被告と稚楼留との間の宿泊券契約書及び信州リゾートの契約解除届が実際に作成されたのは平成五年一月中旬頃であることを認めているが、的場が被告法務室を訪れた際、既に信州リゾートと稚楼留間の委託経営契約書は作成されており、これを真実のものと信じたとするものである。しかしながら、賃貸借契約書は右認定の趣旨で作成されたものであり、わざわざ公証人の確定日付を得ているものであるなら(右賃貸借契約書は平成三年一二月一〇日、信州リゾートの代表取締役を的場として作成されているが、当時的場は信州リゾートの代表取締役には未だ就任していない)、委託経営契約書についても同じく確定日付をとるであろうと考えられ、そのような手続のとられていない委託経営契約書が既に作成されていたとするのは信用できない。

右認定の事実によれば、平成四年一一月一五日付で作成された被告と稚楼留間の宿泊券契約書、信州リゾートと稚楼留間の委託経営契約書、信州リゾートの契約解除届はいずれも内容虚偽の文書であって、それらに記載された事実は全くなかったと認めるのが相当である。

被告は、被告が送客予定の修学旅行団体について、信州リゾートが宿泊を受け入れないと明言したことは、宿泊券契約書第九条に違反するもので、契約解除事由があり、被告は、本件仮差押後の平成五年一月一三日の時点で、信州リゾートとの間の宿泊券契約を解除し、稚楼留そうでないとしても再び信州リゾートとの間で新たな宿泊券契約を締結し、これに基づき、本件仮差押えにかかる旅館券を発行したもので、本件仮差押えの効力は及ばない旨主張する。

しかしながら、信州リゾートに宿泊券契約上の解除事由があるとしても、前述したとおり、平成五年一月中旬頃、被告と信州リゾートとの間でなされた契約解除は仮装したものであって、その時点で契約が解除されたとは認め難い。甲第一号証の六、証人的場泰美の証言によると、被告は、本件仮差押えにかかる修学旅行生の宿泊が終了した後、信州リゾートに対して宿泊券契約解除の意思表示をしていることが認められ、この事実からみても、被告が信州リゾートとの間の宿泊券契約を解除したのは、本件仮差押えにかかる宿泊が終了した後のことであって、平成五年一月中旬頃の時点における契約解除を認めることはできない。

第四  結論

以上のとおり、被告は、本件仮差押えにより信州リゾートに仮差押えにかかる債権の支払をしてはならないにもかかわらず、前記第二の一の6の預り金を平成五年一月から二月にかけて支払っているものであって、その支払を原告に対抗できないことになるが、本件仮差押えの効力が及ぶのは、その仮差押債権として表示された四〇〇〇万円の限度であるから、原告が本件転付命令によって被告にその支払を請求できるのも、その限度というべきである。

以上の次第で、原告の請求は、転付債権四〇〇〇万円の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官森髙重久)

別紙仮差押債権目録

一 金四〇〇〇万円

但し、旅行者の第三債務者(被告)との旅行契約に基づく平成五年一月一五日から同年三月三一日までの間の債務者(信州リゾート)における宿泊に関し、債務者(信州リゾート)が第三債務者(被告)に対して有する売掛金にして、支払期の到来した順序で支払期の同じ場合は金額の大きい順序で頭書金額に満つるまで

差押債権目録

一 金七一五三万六〇六五円

但し、旅行者の第三債務者(被告)との旅行契約に基づく、平成五年一月一五日から同年三月三一日までの間、債務者(信州リゾート)における宿泊に関し、債務者(信州リゾート)が第三債務者(被告)に対して有する売掛金或いは預かり金にして、支払期の到来した順序で支払期の同じ場合は金額の大きい順序で頭書金額に満つるまで

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